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名古屋高等裁判所 昭和30年(う)379号 判決

主文

原判決中有罪の部分を破棄する。

被告人を懲役二年及び罰金二千円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

領置にかかる証第二号(ニツカズボン一着)は菊山正雄に、証第六号(男物腕時計一個バンドなし、十二型中三針十七石入金浮夜光)は栗本忠雄に各還付する。原審における訴訟費用中証人木村鋭太郎、鑑定人堀山儉一に支給した分を除きその余の分並びに当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人伊藤公の控訴趣意書記載のとおりである。

控訴趣意第一点について。

原判決が、その判示第一の事実に対する証拠として「証人菊山正雄の供述、菊山正雄に対する検察官の供述調書」のみを挙示したことは、所論のとおりであるけれども、恐喝罪を認定する証拠に、恐喝の趣旨を否認せる被告人の供述又はその供述調書を排斥して、被害者の供述又はその供述調書のみを以てしても、自由心証の範囲に属し、何等違法とは言い得ない。

されば、これを論難して、経験則に反し判決の理由にくいちがいがあるとの所論は、独自の見解で採るに足りない。

然しながら、右挙示の証拠を職権を以て調査するに、証人菊山正雄の供述は、原審第二回公判における係裁判官稲森健次郎に対するものを指すところ、その後第六回公判において係裁判官の更迭により公判手続を更新し、第二回公判の証人菊山正雄の供述調書を書証として証拠調をしたものであるから、同証人の供述自体は、更新後の係裁判官の心証形成に何の影響も与えず、もはや、その証拠能力を失い、同証人の供述を録取した調書の記載のみが証拠能力を有するに過ぎないものである。

又菊山正雄の検察官に対する供述調書は、原審第六回公判において刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号に該る書面として採用されたものであるが、同条項は、現行刑事訴訟法の直接審理の例外である伝聞証拠として採用し得る場合に属し、この解釈適用は、厳格にするの要があると謂うべきところ、本件についてこれを観るに、被害者菊山正雄は証人として第二回公判において簡単ながら判示被害事実に照応する供述をした記載があるのであるから、若し詳細な供述を必要とし、これを同証人に需めるならば、いくらでも供述したであろうと思料されるのに、形式的に簡単な供述を需めたのみで証人尋問を打切り、後を検察官の面前調書で補充したものであるとの譏を免れない。

かくては、法の意図するところに反し、これをたやすく認容看過せんか、必要証人の尋問を簡単に打切り、その供述の不足を検察官の面前調書によつて補充せんとする弊風を馴致するの虞なしとしない。即ち本件菊山正雄の検察官に対する供述調書は、前示同条項の要件を具備さざるに拘らず採用した違法があると謂うべきである。

然れば、原判決が、判示第一の事実に対する証拠として挙示したものは、全部その証拠能力がないものであるから、原判決は、採証の法則に反する違法をおかしたものであつて、同証拠を除外しては、判示第一の事実を認定することができない以上、右違法は、判決に影響を及ぼすことが明である。そして原判決は、同事実と爾余の二個の事実とを併合罪として一個の刑を科しているのであるから、原判決中有罪の部分は全部破棄を免れない。論旨は結局理由がある。

以上の次第で、控訴趣意第二点事実誤認、第三点量刑不当についての判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条第三百七十九条により原判決の有罪部分を破棄し、同法第四百条但し書に従つて自判する。

罪となるべき事実

原判決判示第三の事実の冒頭に、「山本光男こと加藤一志と共謀の上」と附加し、「腕時計七個」とあるを「腕時計十五個(価格九万三千四百円相当)」と訂正する外、原判決摘示の判示事実と同一であるからここに引用する。

証拠の標目

判示第一の点

一、原審第二回公判調書中証人菊山正雄の供述部分の記載

二、菊山正雄名義の始末書の記載

三、被告人の検察官に対する昭和二十九年九月二十一日附第二回供述調書の記載

四、証第二号(ニツカズボン一着)の存在

判示第二の点

一、加藤一志の司法警察員に対する昭和二十九年九月十六日附供述調書の謄本の記載

二、西口晋の盗難届の謄本の記載

三、松岡光子の司法警察員に対する供述調書の記載

四、原審第一回公判調書中被告人の「第二の訴因については其の通り相違ありません」なる供述記載

五、被告人の検察官事務取扱検察事務官に対する昭和二十九年九月二十一日附供述調書の記載

判示第三の点は

一、栗本忠雄の被害届の記載

二、村井巡査作成の現場写真撮影報告の記載

三、石田政幸の司法警察員に対する供述調書の記載

四、溝川平一の司法警察員に対する供述調書の記載

五、原審第四回公判調書中被告人の供述部分の記載

六、被告人の検察官事務取扱検察事務官に対する昭和二十九年十一月四日附供述調書の記載

七、証第四、四(煉瓦、石)第六、七号(時計)の存在

被告人の前科の点は墨田区裁判所とあるを墨田簡易裁判所と訂正して原判決の記載を引用し、この事実は被告人に対する前科照会書によつて認めるに十分である。

法律に照すと、被告人の判示所為中第一の点は刑法第二百四十九条第一項に、第二の点は同法第二百五十六条第二項罰金等臨時措置法第二条第三条に、第三の点は刑法第六十条第二百三十五条に各該当するところ、前示の前科があるから同法第五十六条第五十九条第五十七条に従い各法定の加量を為し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条により最も重い判示第二の罪の懲役刑に法定の加重を為し同法第十四条の制限内において所論の情状を参酌した上被告人を懲役二年及び罰金二千円に処すべきものとする。同法第十八条により罰金不完納の場合の労役場留置の期間を定め(小額の罰金刑の換刑処分であるから金百円を一日の割合で算出するのが相当である。)

領置にかかる主文第四項掲記の物件は本件の賍物で被害者に還付すべき理由が明であるから刑事訴訟法第三百四十七条第一項に従つて同主文のとおり夫々被害者に還付する言渡しを為し、訴訟費用については同法第百八十一条第一項本文に則り主文末項のとおり被告人に負担させることとした。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 高橋嘉平 判事 大友要助 海部安昌)

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